NPO法人オープンマイクジャパン

Chapter 05

2000年代以降

ローカルとデジタルをつなぐ「共感の場」

語ることが癒しになり、聴くことが行為になる場へ。

※本連載は「オープンマイクの歴史的変遷」についてのリサーチです。本稿は第5回。インターネットとSNSが「誰もが発信できる」インフラを完成させた時代に、対面のマイクの前に立つことの意味がどう変質したかをたどります。

Web2.0/DIY時代──「誰もが詠える」のインフラ化

2000年代は、インターネットとデジタル機器の普及によって、表現の敷居がかつてないほど低くなった時代である。ブログ、YouTube(2005年設立)、SNSを通じて、言葉も映像も音楽も、自ら発信することが特権ではなく日常になった。「誰もが発信できる」ようになったのは、まさにオープンマイクの「誰でも語っていい」「未完成でも構わない」という精神と深い響き合いがあった。

この10年で、いくつか重要な節目を並べておきたい。

2002〜2007年:HBO『Russell Simmons Presents Def Poetry』が放映される。司会モス・デフ、製作ラッセル・シモンズとスタン・ラサンで、スラムポエトリーがケーブルTVのプライムタイムに到達した出来事である。Peabody賞も受賞。同2002年からブロードウェイで舞台版『Def Poetry Jam on Broadway』が上演され、トニー賞特別賞も受けた。スポークンワードが大衆文化の主流へ顔を出した瞬間である。

2005年:YouTube設立。スラムやスポークンワードの動画が、国境を越えて流通しはじめる。これまでは「その夜、その場所にいた人」しか見られなかった朗読が、地球の反対側の誰かの寝室にも届くようになった。

2011年:ミネアポリスを拠点に Button Poetry が設立される。スポークンワード動画をYouTubeに大量公開し、現在では登録者100万人を超える。「動画時代の Nuyorican」と呼ばれる存在になった。Neil Hilborn の「OCD」(2013)は、1億回以上再生されている。

2010年代には、Rupi Kaur をはじめとする Instagram 詩人が台頭し、紙、朗読、映像、SNS のあいだで詩のフォーマットが反復翻訳されるようになる。詩はもはや一つのメディアの所有物ではなくなっていく。

空間の再定義──ジャンル横断の常設拠点

オフラインの方は、オフラインの方で別の進化をしていた。

ロンドンの Poetry Café(コヴェントガーデン、1999年開店、Poetry Society 運営)では、週次オープンマイク「Poetry Unplugged」が長く続いている。ニューヨークの Nuyorican Poets Cafe は、現在も毎週金曜にスラムを継続している。詩、弾き語り、ラップ、コメディ、即興、ダンス、日記朗読が混在する「ジャンル横断の常設拠点」が、世界各都市に分散して生まれていった。

ここで重要な変化が起きていた。観客と演者の境界が、一晩のあいだに何度も入れ替わるようになったのである。観客として来た人がその場でステージに立つ、ステージで話した人が、誰かの言葉にインスパイアされて翌週戻ってくる──回遊的・回帰的な文化が、都市のなかに点在しはじめた。

「正しさ」よりも「共にいること」へ

2010年代後半から、オープンマイクの機能はさらに重心を移していく。それは「何かを発表する場」というよりも、「他者と共に、共にいることを確かめる場」としての色合いを強めていった。

語られる内容も変わっていった。完成された作品ではなく、「物語になりない経験」──治らない痛み、消化できない感情、まだ言葉になっていないもの──が、マイクの前で語られる声は、より私的であり、未防衛であり、そしてリアルになっていった。

メンタルヘルス、ジェンダー、移民、ケア、貧困、依存──公的議論のなかで抽象化されがちな主題が、マイクの前では個別の身体・声・沈黙として戻ってくる。これは2010年代に並行して起きた #MeToo や Black Lives Matter のような運動の文化的下地でもあった。社会運動が街頭で起こる前に、すでにマイクの前で予行演習されていた、と言える。

パンデミックとハイブリッド化(2020年〜)

2020年のCOVID-19は、対面のオープンマイク文化を一度断絶させた。だが断絶は同時に、別の方向への爆発でもあった。Zoomオープンマイク、Clubhouse(2020〜21年にピーク)、Twitter Spaces、Instagram Live、YouTube Live、Discord の音声チャンネル──「声の共同体」は物理的距離を越えて、国も言語も文化の異なる聴衆士をつなぎはじめた。日本の深夜にロンドンの朗読を聴き、その隣でナイジェリアの誰かが感想を残す、という体験がふつうのものになった。

ただし、パンデミックの収束とともに、もう一方の渇望も同時に浮上した。身体と身体が同じ空間に共にいる、ということが起こす、何かへの欲求である。2022年5月の Tokyo Comedy Bar 開店をはじめ、対面の常設拠点が世界各地で新設されている動きも、オンラインの声の共同体と並走するようになった。

つまり2020年代のオープンマイクは、対面とオンラインのどちらかに収束するのではなく、両方を行き来するハイブリッドな形式になった。これは過去に例のない、新しい段階である。

オープンマイク2.0の意義──自己開示と他者受容のインフラ

2000年代以降のオープンマイクが持っているのは、かつての「朗読」や「批評」ではなく、「語ることが救いになり、聴くことが行為になる」という関係性の構築である。

詩人である必要はない。 作家である必要もない。 完成されていなくてもいい。 ただ今の気持ちを今の言葉で語ればいい。

このシンプルな内容の枠組みが、SNSの即時性、ZINEの手仕事性、ラジオ・ポッドキャスターのセッション性と接続して、2020年代の都市のなかに分散している。学校教育では「あなたの人生について語ってください」と伝える授業のなかにオープンマイクのエッセンスが取り入れられ、俳優・芸人・即興演劇・対話ファシリテーションの訓練法にも、オープンマイク的フォーマットが浸透した。

そして同時に、観客に対しても「新しい聴き方」が問われる。批評するのでも同情するのでもない、ただ一緒に呼吸する、という態度である。1955年の Six Gallery で、ケルアックがワインを集めながら "Go! Go!" と叫んでいたあの夜から、私たちは少しずつ「聴くことの作法」を更新している。マイクの前に立つ者と、それを受け止める者のあいだに、半世紀かけて、ある種の共通言語が育ちつつある。

主要参考

Def Poetry Jam - Wikipedia / Nuyorican Poets Cafe / Poetry Café London (The Poetry Society) / Button Poetry

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